風が吹く前に 第3部 (2)                       目次 

 

 「まだお休みになっていないとダメですよ」
 ドアを開けて入ってきたマニは、ベッドから起きて着替えを始めていたアンビカに向かって慌てて声をかけた。
 「寝てるのは飽きちゃったわ。もう大丈夫よ」
 抜け出そうとしたのを見つかりバツが悪そうなアンビカを見て、マニは短くため息をついた。
 彼女はアンビカの乳母だ。浅黒い肌に黒い巻き毛。大きな黒い瞳。たまごのような恰幅のいい体型、と南部の頼りがいのあるお母さんの特徴そのままの姿をしている。
 「大丈夫ならば昨日のお相手の方に一緒にお詫びに行きますよ」
 マニはアンビカに顔を寄せて、まるで子供を叱るように軽く睨み付けた。
 これにはアンビカも言い返す言葉が出ずに、ただ恨めしそうに上目遣いのまま黙り込んだ。
 「さ、お夕飯まではお休み頂きますからね。先方にはルーティスがお詫びに行っております。ご機嫌を損ねていなければまた次回のお約束も頂けるでしょう」
 渋々とベッドに潜り込んだアンビカだったが、これを聞いて半分隠していた顔をひょっこりと出して情けない声を上げた。
 「ええ? いいわよ、もう。縁が無かったと思って諦めてもらいましょうよ」
 昨日の食事会は父親の代理としての挨拶と聞いていたが、実は略式の見合いだったことくらいはアンビカも承知している。だからこそあれだけの手間をかけて病欠の言い訳を作ったのだ。
 一度流れてしまえばもう二度と声はかかるまいと踏んだのは甘かったようだ。アンビカは口を尖らせ、目でマニに抗議を訴えた。
 「お嬢様。言いたくはありませんが、いつまでもお一人でいらっしゃる訳にはいかないのですよ。早くお父上をご安心させてあげてくださいまし」
 マニは言いづらそうに口に出してアンビカの髪を撫でた。
 「分かったわよ。もういい。出てって」
 アンビカは拗ねた子供のようにベッドに頭まで潜り込むと、マニに背を向けた。
 マニはもう慣れたように気にもせずにはいはい、と返してトレイをサイドテーブルに置いた。
 「ホットレモンを置いておきますからね。冷める前にお飲みくださいまし」
 答えはない。マニは苦笑して部屋を出た。
 ドアが閉まるとアンビカはベッドの中からひょっこりと顔を出して、置かれたトレイの方を見た。ガラスでできたマグカップから温かそうな湯気が立ち上っている。
 思わず顔を緩めて、アンビカはカップを手に取った。仄かなレモンの香りが鼻腔をくすぐる。ふぅ、と吹いてから口に運ぶと優しい酸味と蜂蜜の甘みが口に広がった。
 すっと肩の力が抜けると同時に、寂しさがこみ上げてくる。半分ほど飲んだ後にトレイにカップを戻し、枕元の電話の受話器をじっと見つめた。
 
 
 電話のベルが鳴った時、リシュアは丁度寺院から戻って来てシャワーを浴び終わったところだった。
 「……はい」
 タオルを巻いたまま少し不機嫌そうに電話に出る。
 「どうしたの? 寝起き?」
 電話の相手はアンビカだった。声に元気がないのが少し気になる。
 「……いや。どちらかというと寝不足、かな。大丈夫だよ。どうした?」
 リシュアは一転声を和らげてご機嫌を伺う。受話器の向こうで一瞬アンビカの声が黙る。
 「寝不足のとこ悪いけど、今夜会えない? 久しぶりに飲みたいのよ」
 言葉は控えめだが、まるで文句でも言うかのような口調だった。リシュアは思わず苦笑した。
 「いいよ。いつもの所に迎えに行く。何時に行けば良い?」
 司祭とのことがあってから、今まで付き合いのあった女性達との関係は全て解消した。
それでもアンビカとの付き合いだけはまだ続いていた。リシュア自身、アンビカと司祭を掛け持ちしているという自覚はない。アンビカは常に彼の許婚であり、他の付き合い方を知らないのだ。
勿論、現在婚約は解消されている。だがそれさえもリシュアの与り知らぬ所で決まった話なのだ。兄弟がいつまで経っても兄弟であるかのように、リシュアにとってアンビカはいつまでも変わらぬ存在なのだった。
「9時半にいつもの所に行くわ。遅れないでよ、寒いんだから」
用件だけ伝えて電話は切れた。リシュアは軽く肩を竦めて受話器を置いた。
 
 
夕飯が済み、マニやメイド達の姿が見えなくなってから、そっとアンビカは屋敷を抜け出した。
薄暗い厩に行き、小さな声で愛馬を呼ぶ。
「クイン。出かけるわよ」
奥の方で、ぶるる、と小さく応える声がした。白い牝馬。彼女の名はクイン・ドラン。3年前の誕生日に叔父からプレゼントされたものだ。
「良い子ね」
そっと背を撫でて、静かに厩から出す。クインは暗闇を嫌わない。賢く勇気のある馬だった。家を抜け出す時はいつも彼女と一緒だ。アンビカはクインに跨ると裏の林を抜けて音もなく待ち合わせの場所へと向かった。
クインの蹄が落ち葉を散らす。細い木々が景色から流れていく。冷たい夜気が頬に気持ちよかった。
 
家を離れれば離れる程にアンビカの心は軽くなった。家が嫌いな訳ではない。むしろ家に守られていることを日々実感しており、父やマニなど家の者達にも愛情を持っている。
それでもアンビカには今の貴族の生活や、公爵家の一人娘としての将来が重かった。いっそ嫌いになれたら良かっただろうと思うこともある。
 
身分や名誉は守られているものの、現在貴族は経済的に切迫してきている。クーデターの際に大きく領地を削られたことや、重くなった税金などが原因だ。今回の見合いの相手も、大手銀行の重役だとかいう話だ。相手の経済力に頼ろうという思惑は見え見えだった。
何もかも嫌になっていた。そんな状況も、それを甘んじて受け入れることの出来ない自分自身も。
 
アンビカはクインの腹を軽く蹴ってスピードを上げた。林を抜け、道は牧草地を横切っている。空には小さな三日月。なだらかな丘陵地を白い牝馬は駆け抜けていった。
遠くには黒く連なる山並み。蹄の音に驚いたウズラが潅木の中から飛び出して駆けていく。坂の下の三叉路に赤い車を見つけて、アンビカは手綱を引いた。
車のドアが開き、長身の男が朗らかな笑みを湛えて降りてきた。
アンビカはクインから降りてその男の方へ歩み寄る。
「早かったじゃない」
まるで間に合ったのがいけなかったかのように赤毛の騎手は言い捨てた。
そんなアンビカの態度はまるで意に介さない様子で、リシュアは軽くアンビカの肩に手を回して微笑む。
「俺はもう今までとは違うんだぞ? 惚れ直したって知らないからな」
「誰がよ。自惚れないで」
にやにやと顔を近づけるリシュアの頬を手袋で軽く叩いてアンビカはクインの元に戻る。
クインを引いて近くの小屋に繋ぐと、そっと愛馬を撫でて頬を寄せた。
「ありがとクイン。いい子で、ここで待っていてね」
クインは分かった、とでも言うかのようにアンビカの胸に頭を摺り寄せてきた。その暖かく美しい首を抱き締めてから、アンビカは小屋を後にした。
 
 
「まぁ、座って。最近留守がちだったからまともなツマミもないけど」
リシュアのマンションに着いたのは10時半を少し回った頃だった。リシュアはアンビカに大きめのクッションをぽん、と預けるとワインを開け始めた。
「相変わらず花から花へ、って訳? 良いご身分ね」
丁度良い硬さのクッションをぎゅっと抱き締めると、苛立ちが体から少し抜け出すような気がする。アンビカは少しの間目を閉じてその感触を味わった。
「そんなんじゃないさ。……ちょっと寺院に泊り込みの用事があったもんでね」
そう言葉を濁したのを特に気にする様子もなく、アンビカはふぅん、と上目遣いにリシュアを見た。そうしておもむろにはぁ、と大きくため息をつく。
「夜中にため息をつくと死神が来るぞ」
「疫病神と一緒に居るんだから平気よ」
即座に切り返されてリシュアは苦笑いしたままアンビカのグラスにワインを注いだ。
「愚痴なら後でゆっくり聞くよ。まずは乾杯しよう」
赤い液体が注がれるのを見ながら、アンビカはふと瓶のラベルに目をやった。
「カトラシャ寺院のワインじゃない。勝手に持ってきた訳じゃないでしょうね」
寺院のワインが美味しいというのはアンビカも知っていた。完全に手作りで数が少ないために殆ど外に出回ることはなく、アンビカでさえも稀にしか口にすることはできない品だ。
「まさか。司祭様が時々下さるんだよ。今年は俺もワイン作るの手伝ったんだぞ」
「あらそう。来年のワインは味が落ちそうね」
得意げなリシュアに意地悪く微笑んで、アンビカはグラスを持った。
「酷いな」
リシュアはいくら辛辣な言葉を掛けられても始終嬉しそうだ。それがアンビカの本意ではないことをよく知っているからだ。
彼女のきつい態度は大抵好意や信頼の裏返しであることが多い。
とはいえ感情の起伏の激しい彼女は本気で怒っていることも多く、それを見分けて付き合うにはリシュアくらいの長い付き合いと気長な性分が必要なのだった。
 
「さて、じゃあ……」
そう言ってリシュアがグラスを掲げたが、アンビカはそのままグラスを口に運んでぐいっと中身を半分ほど喉に流した。
「乾杯してる気分じゃないわ」
 ぽかんとするリシュアにさらりと言い放つ。そんな彼女を見てリシュアは可笑しそうに口の端を上げると、真似るようにグラスを口に運んでワインを一口煽った。
 「どうしたんだ? 親父さんと喧嘩でもしたのか?」
 グラスを置くと一際優しい声になり、リシュアはアンビカをじっと見つめた。
 アンビカは押し黙ったまま答えない。少し重い空気の中、二人は黙って杯を空けた。
 
 リシュアはお互いのグラスにそれぞれ2杯目を注ぎ、自分のグラスを持ってアンビカの隣に席を移した。そうして静かにアンビカの肩を抱き、その気の強そうな赤毛にそっとキスをする。
 「ここは旧市街じゃないんだ。気楽に何でも話せよ」
 その言葉を聞いて、アンビカは急に心が楽になったような気がした。ふと気が緩んで涙が出そうにもなったが、ぐっと唇を噛んで堪えた。
彼女はゆっくりと、静かに息を吐いてから少し赤くなった目をリシュアに向けた。リシュアの優しいグレーの瞳を見つめ返すと、少し気持ちが落ち着いてくるような気がする。
 「……なんかさ、勝手にお見合いなんか組まれちゃってさ。もう。勘弁して欲しいわよ」
 吐き出すように言うと、グラスの中に視線を落とした。
 「へぇ。親父さんも遂に痺れを切らしたってとこか……」
 苦笑するリシュアをじろりと睨みつける。
 「ひとごとみたいに言わないでよ。馬鹿」
 そう言われてもまだリシュアには当事者であるという実感はないようだった。緩んだ笑顔を崩しもせずに2杯目のワインを味わっている。
 「で? どうだったんだ? そんなに相手が気に入らなかったか?」
 少し間を空けて、リシュアはアンビカの顔を覗き込むようにして尋ねた。
 「さぁね。会う前に逃げたから、知らない。病気の振りして逃げちゃったもの」
 一瞬呆然としてから、リシュアは少し眉根を寄せた。再びの沈黙に、アンビカは気まずそうにちびちびとワインを口に運んでいる。
 「大丈夫なのか、そんなことして。後々問題になりそうじゃないか?」
 リシュアは呆れると言うよりは心配しているというのが良く見て取れた。アンビカも彼の様子を見て、今更ながらに状況のまずさを感じたようだ。
 「……だって。だってさ。相手が金持ちだからって決まったような話よ。どうせ腹の出た嫌らしいオヤジに決まってるもの」
 まるで子供のように口を尖らせて必死に訴える。リシュアはそんなアンビカをじっと見つめた後、グラスをテーブルに置いてそっとアンビカを抱き締めた。
 「そうかもしれないけど……。会うだけは会わないと親父さんの顔もあるだろ? 何よりお前と親父さんの関係がこじれたら大変だろう。たった二人きりの親子なんだからさ」
 優しく、なだめるような声はアンビカの耳にも心地よく沁みてきていた。しかし何故かいたたまれなくなって、アンビカはリシュアの体を押し戻した。
 「そんなこと、言われなくたって分かってるわよ。大体あなたなんかにこんな話してもしょうがないわよね。どうせもう関係ないんだから」
 その言葉にリシュアは短く息を吐く。
 「まぁ、そうだけどさ……」
 次の言葉を繋ごうとしたリシュアの顔にクッションが飛んできた。
 「なんか、気分悪い。もう寝るから。あなたここで寝なさいね」
 そう言って残りのワインを飲み干すとさっさとベッドルームに入って鍵を掛けた。
 「あ! おい……」
 突然のことに呆然とした様子のリシュアは堅く閉じられたドアを見つめてやれやれ、と肩を竦めた。彼女と一緒にいればこのようなことは日常茶飯事だ。いちいち気にしていられない。
 リシュアは諦めたようにソファを整えなおすと、ごろりと横になったまま残ったワインに口をつけた。
 
 
 翌朝アンビカが目を覚ますと、窓の外はもう明るくなっていた。レースのカーテン越しにまぶしい光が差し込み、マンションの向かいの公園からは子供の声が微かに聞こえてきていた。
 「やだ……。もうこんな時間」
 やはりまだ体が本調子ではなかったようで、目覚ましにも気付かず寝入っていたようだ。慌てて飛び起きてドアを開ける。
 「ちょっと、なんで起こしてくれなかったのよ!」
 ベッドルームを出てすぐ目の前にいたリシュアを睨みつける。
 当のリシュアはまだ眠そうな顔のままマグカップを片手にぼんやりと立ち尽くしている。
 アンビカの苦情も耳に届いているのかどうか怪しかった。
 「……呼んだけど聞こえなかったか? 鍵かけたの自分だろ? 今日は寝坊してもいい日なのかと思ったよ」
 少し遅れて返ってきた返事は至極当然なものだった。アンビカはそれ以上リシュアを責めるのをやめ、まだ眠気の残る頭を目覚めさせようとうろうろとリビングを歩き回った。
 「それあたしにも頂戴」
 リシュアが飲んでいる淹れたてのコーヒーを催促してソファに座ると、うーん、と唸る。
 「ええと……。今日は特に午前中は予定はなかったはず。……でも、抜け出したのはバレてるわね。ああ、何かいい言い訳はない?」
 ぶつぶつと一人呟くアンビカにリシュアはコーヒーの入ったマグカップを渡す。すっかりパニックに陥ったような彼女に反して、全く緊張感のない顔をしていた。
 「明け方に目が覚めたから遠乗りしてた、とかじゃダメなのか? 大人なんだからそのくらい許されるだろ?」
  求めていた言い訳があまりにもすんなり出てきて、アンビカはあっけにとられた。
 「よくまあそんな嘘が瞬時に出るものね……。余程日頃から悪いことしてるんでしょ。いつか刺されても知らないから」
 そう返ってきた言葉にリシュアは不本意そうに顔を歪めて肩を竦めた。
 「おいおい、俺はいつだって誠実さが売りなんだぞ? 口から出任せ言ってるのは仕事をサボる時だけだよ」
 そんなリシュアの訴えも耳に入らず、アンビカは慌しく着替えを始めていた。
 
 
 明るくなって人通りの多くなったマンションの前を通るのはアンビカにとって初めてのことだった。新都心の家族達の姿が車の窓の外を流れていく。見慣れた旧市街の家族とは服装は違えどもその仲睦まじい様子は同じものに見えた。
 「何でこうなっちゃったのかしらね」
 誰にともなくそう呟く。しかしリシュアの耳には届かなかったようだ。
 川と橋、そしてフェンスと検問所で分断された新旧の街。新都心には23年前の内乱以来他民族が多数流入してきたとはいえ、大多数は旧市街と同じ古来からの民族だ。
それなのに元々の文化を頑なに守り続けることでそのプライドを守ろうとするかのような旧市街と、北の大陸からの文明を進んで取り入れ進化し続ける新都心。二つはまるで別の国になってしまったかのようだ。
 
 そして今、再び内乱が起きている。この危機を好機と捉える元老院は昔の帝国の強さを再び取り戻すためにルナス正教を利用しようとしているとも聞く。そんな貴族達の会議でアンビカの日々も忙殺されていた。
 「本当に、くだらない」
 吐き出したのを、今度はリシュアも聞いていたようだ。
 「だろ? 最近のTVは無難なことしかやってないよな。まぁ、仕方ないんじゃないか? 今軍も内乱でピリピリしてるからな」
 噛み合わない会話にアンビカが沈黙していると、街角で芸能人らしき女性を取り巻く報道陣とすれ違った。アンビカがこのことを言ったとリシュアは思ったらしい。アンビカは苦笑した。
 
 ふと、アンビカはリシュアにたずねた。
 「まさか戦地にまた戻ろうなんて思ってないわよね」
 ゲリラ戦の続く現地はかなり悲惨な状態だということはアンビカの耳にも届いている。
 「昔だったら行ってただろうな。デスクワークよりは銃弾の方が数倍マシだからなぁ」
 呑気な答えにアンビカもあからさまに呆れた顔をする。しかしそれはリシュアの本心だった。
 「大人しく書類と睨めっこしてなさいよ。いい加減寺院とも手を切って。でないと後悔するわよ」
 アンビカが何度忠告してもリシュアは寺院での仕事を辞めようとはしない。それがアンビカを苛立たせていた。
 「寺院は出世コースなんだぜ。それにしばらく居るけど何も危ないことはなかったしな」
 寺院が貴族の切り札にもなっている手前、詳しい事情は話せない。どう説得しようかと思っているところで目の前に検問所が見えてきた。アンビカは諦めて口をつぐんで顔を伏せた。
 リシュアが軍人としてすんなり検問所を抜けられるとしても、万が一のことを考えると顔を覚えられては困るのだ。
 
 検問所を過ぎて少し走ると、いつも待ち合わせをする三叉路だ。ここはドリアスタ家の所有地なので、こんな時間でも人通りが少ないのだけは幸いだ。
 「……ありがと」
 短くそう言って車を降りると、後ろ手にドアを閉めた。リシュアもいつも通り車を降りて軽く手を振って見送る。時計を見ると、まだ会議には充分間に合う時間だった。
 ほっとしてアンビカが微笑んだ瞬間、その傍らをゆっくりと黒塗りの大きな車が走り去った。
 その目に映ったものにアンビカは凍りつき、全身から汗が噴出した。
 「お父様……」
 車の後部座席に座っていたのはアンビカの父、ドリアスタ公爵だった。一瞬だったが、父の鋭い深緑色の瞳はアンビカの姿を捉えていた。そしてその後ろに立っていた軍服姿の元許婚の姿も。
 しかしリシュアはそれとは気付かなかったようで、車に乗り込むとあっという間に走り去っていった。
 ひとり残されたアンビカはただ呆然として道の片隅に立ち尽くすだけだった。
 
 
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