風が吹く前に 第1部 (11)                       目次 

  

 ビュッカとユニーは通常よりも念入りな見回りに出かけていった。残ったアルジュとムファに血痕が消えた台所近くからの捜索を命じ、リシュアは司祭の姿を探した。
 すぐにリシュアは礼拝堂で司祭の姿を見つけた。
 司祭は祭壇の上に佇んでいた。
 昨日イアラが飾ったルニスの花をじっと見つめているようだった。
 表情を窺い知ることはできなかったが、その背中はやけに小さく見えた。リシュアはそんな様子に違和感を感じていた。
 その後ろ姿には威厳も威圧感も感じることはできなかった。線の細いその体は支えねば倒れそうにさえ見えた。
 昨日の堂々とした姿とはまるで別人ではないか。声を掛けるタイミングを見出せず、リシュアはじっとその背を見つめ続けた。
 その時だった。
 「中尉、ちょっと来て頂けますか。キッチンの地下に何かあります」
 無線からムファの声が響き渡った。はっとして司祭が振り向いた。
 目と目が合った。
 司祭のただ驚いたような表情が、一瞬で氷の仮面に覆われた。
 何をやっても無駄、同じことの繰り返しでリシュアは司祭の態度が変わることがないということを既に思い知らされていた。
 「分かった。今行く」
 視線を逸らせぬまま無線に向かってそう答えると、司祭に向かって軽く一礼した。
 「お邪魔かと思いまして声を掛けそびれました。失礼致しました」
 空しい気持ちで受け入れられることのない謝罪の言葉を述べる。
 「何か分かったのですか」
 リシュアを見下ろしながら抑揚のない声で短く尋ねた。
  「はい。例の侵入者は人間に間違いないということでした。そしてこれは私の想像なのですが……」
 リシュアは司祭に歩み寄った。
 「司祭様、ここには何か狙われるような宝物がありますね」
 短く、強く尋ねると、司祭の表情が強張った。
 「もう信用しろとは申しません。あなたが我々を敵視するならそれでも構いません。ですが、我々にもあなたやこの寺院を護るという任務があります。後で宝物庫を検めさせて頂きます」
 いつになく強い語調で一気に言い切った。司祭は黙ったままだった。
 しかし答えは必要なかった。
 「部下が何か見つけたようですので一旦失礼致します。後ほど改めてお伺いしますのでお部屋で待機していてください」
 そう言って再び軽く一礼すると、きびすを返して足早に立ち去った。
 後には思いつめたような表情の司祭だけが取り残された。

 

 キッチンの前には二人の姿はなかった。
 「着いたぞ。どこにいる? 何を見つけた」
 リシュアは無線に向かって問いかけた。
 「今そちらへ行きます」
 ムファの声が答えて間もなくキッチンの地下倉庫からその姿を現した。
 「ちょっと狭いですよ」
 そう言うと大きな体を縮めて再び潜った。リシュアはその後を追った。地下倉庫は幾度となくチェックしたはずだった。
 「こっちに隠し扉があったんですよ」
 そう言って古い板を打ち付けた壁の一箇所を押すと、壁と思われていた部分が奥へとスライドした。
 「ほう」
 リシュアは興味深げにその隠し扉をしげしげと見つめた。
 「最近何度か使った跡がある……。しかしよく見つけたな」
 ムファは得意げに胸を張って見せた。
 「地道な作業が結果を生むんです」
 「うっかり転びかけて手をついただけじゃない」
 扉の奥から響くアルジュの冷めた声が真相を明かした。
 「うるさい。運も実力のうちだ」
 ムファは振り向いて抗議すると、気まずそうに笑って見せた。
 「まあいい、よくやった」
 リシュアはライトを点けて扉をくぐると、ムファを手招きした。扉の奥は意外と広い通路が続いており、屈むことなく奥へと進むことができた。通路は岩をくり抜いたもののようで、壁には細かいノミの痕が刻み込まれている。
 「かなり古そうな通路ですね」
 ムファが壁を撫でて手に付いた埃を払いながら呟いた。
 「昔ここは砦だったこともあるからな。その時の隠し通路の名残だろう」
 先頭を歩くリシュアはゆっくりと周りを見回しながら奥へと進んでいった。通路は緩やかに下方へと伸びて、何度か硬い岩盤を避けるようにカーブを描いていた。
 「そこです」
 ムファが指した前方に照らし出されたのは、無数のゴミと古い毛布が敷かれた寝床らしきものだった。
 「まるで巣穴だな」
 リシュアが漏らした通り、それは穴熊か何かの棲家のようだった。空き瓶や菓子の空き箱、野菜の切れ端などを避けて奥へ行くと、寝床の毛布の中に血で汚れた古布が散乱していた。
 「庭師の小僧もこれでつまみ食いの汚名を晴らせるな」
 「警備室も荒らしていたようですね。油断がならないやつだ」
 ムファは舌打ちしてユニーの名前の書かれた菓子箱をつまみ上げた。アルジュは寝床や床に手を当てた。
 「かなり冷えていますね。もうどこかへ移動したのかもしれない」
 「痕跡が消えないうちに追わないと厄介ですね」
 3人は来た道を引き返し始めた。地下からキッチンに這い出した時、リシュア達はただならぬ叫び声を耳にした。
 「お願い……誰か! 助けて!!」 

 

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